毎月の給与から引かれている所得税。年末調整で戻ってくることもあれば、逆に追加で徴収されることもあります。「なんとなく引かれているけれど、どうやって決まっているのかは分からない」という方は少なくありません。
実は所得税の計算は、大きな収入から段階的に引き算をしていき、最後に残った部分にだけ税率をかけるという、とてもシンプルな構造でできています。ステップは全部で5つ。この順番さえ掴んでしまえば、源泉徴収票や確定申告書に並んでいる数字が何を表しているのか、一気に読めるようになります。
この記事では、その5つのステップを順番に追いかけながら、実際の年収でのモデル計算、そして2026年(令和8年)に変わった大きなポイントまで整理していきます。
所得税は「5回の引き算」でできている
まず全体像です。所得税は次の順番で計算されます。
- 収入から必要経費を引く → 所得
- 所得を合算する → 合計所得金額
- 所得控除を引く → 課税所得金額
- 税率をかける → 所得税額
- 税額控除を引き、復興特別所得税を足す → 納める税額
ポイントは、引き算する場所が2か所あることです。ステップ3の「所得控除」は税率をかける前に引くもの、ステップ5の「税額控除」は税率をかけた後に引くもの。同じ「控除」という言葉ですが、効き方がまったく違います。
所得控除は「課税対象そのものを小さくする」割引で、効果は税率によって変わります。税額控除は「計算された税金から直接差し引く」割引で、金額がそのまま減税額になります。1万円の所得控除は税率10%の人なら1,000円の減税ですが、1万円の税額控除は誰にとっても1万円の減税です。
では、ひとつずつ見ていきましょう。
ステップ1:収入と所得は違う
最初につまずきやすいのが、「収入」と「所得」の区別です。この2つは別物です。
収入は、入ってきたお金そのもの。会社員なら源泉徴収票の「支払金額」、個人事業主なら売上です。
所得は、収入から必要経費を引いた後の金額。商売をしている人なら、売上から仕入れや家賃を引いた利益にあたります。
税金は収入ではなく所得にかかります。 売上1,000万円でも経費が900万円なら、課税の出発点は100万円です。ここを混同すると、その後の計算がすべてずれてしまいます。
会社員には「みなし経費」がある
とはいえ、会社員はスーツ代や書籍代の領収書を毎日集めているわけではありません。そこで会社員には、収入に応じて自動的に経費とみなしてくれる給与所得控除が用意されています。
2026年(令和8年)分の給与所得控除は次のとおりです。
| 給与収入 | 給与所得控除額 |
|---|---|
| 220万円以下 | 74万円(収入が下回る場合は収入額まで) |
| 220万円超360万円以下 | 収入×30%+8万円 |
| 360万円超660万円以下 | 収入×20%+44万円 |
| 660万円超850万円以下 | 収入×10%+110万円 |
| 850万円超 | 195万円(上限) |
年収600万円の方なら、600万円×20%+44万円=164万円。これが自動的に経費として引かれ、給与所得は436万円になります。
なお給与収入が660万円未満の場合、正確には国税庁の「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表」を使うため、算式で出した金額と数百円単位で異なることがあります。実務では必ず表で確認してください。
所得は10種類に分かれている
所得は性質によって10種類に分類されます。給与所得、事業所得、不動産所得、雑所得(公的年金や副業など)、退職所得、譲渡所得、一時所得、利子所得、配当所得、山林所得です。
分類が重要なのは、種類ごとに計算方法も課税のされ方も違うからです。たとえば退職所得は他の所得と合算せず単独で計算し、勤続年数に応じた大きな控除と2分の1課税という優遇があります。上場株式の譲渡益や配当も、原則として他の所得と分けて一定税率で課税されます。
ステップ2:所得を合算する
複数の所得がある場合は合算します。これを総所得金額と呼びます。会社員が副業で雑所得を得ているケース、給与と不動産収入があるケースなどが該当します。
ここで押さえておきたいのが損益通算です。不動産所得や事業所得で赤字が出た場合、一定のルールのもとで他の黒字所得と相殺できます。ただし何でも通算できるわけではなく、生活に通常必要でない資産の損失などは対象外です。
ステップ3:所得控除を引く
合算した所得から、次は所得控除を引きます。ここ「その人の個別事情を税額に反映させる」段階です。同じ年収でも、扶養家族がいる人、医療費が多くかかった人、保険料を多く払っている人では、担税力(税を負担する力)が違う。その差をここで調整します。
主な所得控除は次のとおりです。
・基礎控除
・社会保険料控除
・生命保険料控除
・地震保険料控除
・小規模企業共済等掛金控除
・医療費控除
・寄附金控除
・配偶者控除・配偶者特別控除
・扶養控除
・特定親族特別控除
・障害者控除
・寡婦控除
・ひとり親控除
・勤労学生控除
このうち社会保険料控除とiDeCoの掛金控除は支払った全額が対象で、金額も大きくなりやすい項目です。年収600万円の会社員なら社会保険料は年間90万円前後になることも珍しくなく、基礎控除と並ぶ大きな引き算になります。
ここまで引いた結果が課税所得金額。ようやく税率をかける対象が確定します。
ステップ4:税率をかける
所得税の税率は5%から45%までの7段階です。
| 課税所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| 695万円超900万円以下 | 23% | 636,000円 |
| 900万円超1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円超4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
「330万円を超えると全部20%」ではありません
ここが最も誤解の多いところです。「課税所得が330万円を超えたら、全体に20%がかかってしまう」と思っている方が非常に多いのですが、実際には超えた部分だけに高い税率がかかります。これを超過累進課税といいます。
階段をイメージすると分かりやすいかもしれません。一段上に上がっても、下の段の高さが変わるわけではありません。 課税所得400万円の人なら、195万円までは5%、195万円から330万円までは10%、330万円を超えた70万円だけに20%がかかる。この積み上げが本来の計算です。
上の表の「控除額」は、この積み上げ計算を一度で終わらせるための調整額です。400万円×20%−427,500円=372,500円。わざわざ段ごとに計算しなくても、同じ答えが出るようになっています。
この誤解が実害を生むのは、「収入を増やすと手取りが減るのでは」と考えて働き方を抑えてしまうケースです。所得税に関しては、税率の境目を越えて手取りが逆転することはありません。
ステップ5:税額控除と復興特別所得税
税率をかけて出た金額から、最後に税額控除を引きます。代表的なものが住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)、配当控除、外国税額控除です。
ふるさと納税は少し特殊で、所得税では寄附金控除(所得控除)、住民税では税額控除という形で効いてきます。
そして最後に、復興特別所得税を足します。2037年分まで、所得税額の2.1%が上乗せされます。
これで納める税額が確定します。100円未満は切り捨てです。
モデルケースで通しで計算してみる
ケース1:年収600万円の会社員(独身・2026年分)
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 給与収入 | 6,000,000円 |
| 給与所得控除(600万×20%+44万) | −1,640,000円 |
| 給与所得 | 4,360,000円 |
| 社会保険料控除 | −900,000円 |
| 基礎控除 | −1,040,000円 |
| 課税所得金額 | 2,420,000円 |
| 所得税額(242万×10%−97,500円) | 144,500円 |
| 復興特別所得税(×1.021) | 147,534円 |
| 納付税額(100円未満切捨) | 147,500円 |
年収600万円に対して所得税は約14.7万円。実効税率でみると2.5%程度です。「20%の税率区分」という言葉から受ける印象よりずっと低いことが分かります。税率はあくまで課税所得にかかるものであって、年収にかかるものではないからです。
ケース2:年収300万円の会社員(独身・2026年分)
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 給与収入 | 3,000,000円 |
| 給与所得控除(300万×30%+8万) | −980,000円 |
| 給与所得 | 2,020,000円 |
| 社会保険料控除 | −450,000円 |
| 基礎控除 | −1,040,000円 |
| 課税所得金額 | 530,000円 |
| 所得税額(53万×5%) | 26,500円 |
| 復興特別所得税(×1.021) | 27,056円 |
| 納付税額(100円未満切捨) | 27,000円 |
同じ計算式でも、控除の割合が大きくなる分、低い年収ほど負担率が下がる設計になっていることが見てとれます。
2026年(令和8年)に変わった大きなポイント
所得税の計算構造そのものは長く変わっていませんが、控除額は2年連続で大きく動いています。顧客説明で必ず触れておきたい部分です。
基礎控除が最大104万円に
令和8年度税制改正で、基礎控除の本則額が58万円から62万円に引き上げられました。さらに令和8年・9年分の時限措置として、合計所得金額に応じた加算があります。
| 合計所得金額 | 基礎控除額(令和8年分) |
|---|---|
| 489万円以下 | 104万円(本則62万+加算42万) |
| 489万円超655万円以下 | 67万円(本則62万+加算5万) |
| 655万円超2,350万円以下 | 62万円 |
| 2,350万円超2,400万円以下 | 48万円 |
| 2,400万円超2,450万円以下 | 32万円 |
| 2,450万円超2,500万円以下 | 16万円 |
| 2,500万円超 | 適用なし |
判定基準が「年収」ではなく「合計所得金額」である点に注意してください。給与所得控除を引いた後の金額で区分を判定します。
給与所得控除の最低保障額も引き上げ
最低保障額は65万円から69万円に。さらに給与収入220万円以下の場合は令和8年・9年の特例で5万円が上乗せされ、74万円になります。
「年収の壁」は178万円に
この2つの引き上げにより、所得税がかからない年収のラインは178万円まで広がりました(基礎控除104万円+給与所得控除74万円)。
2024年までの103万円、2025年の160万円と、わずか2年で75万円も動いたことになります。パート・アルバイトで働くご家族がいる世帯では、働き方の前提そのものが変わっています。
注意:手取りにすぐ反映されるわけではない
ここが実務上いちばん問い合わせの多いポイントです。基礎控除への42万円・5万円の特例加算は、毎月の源泉徴収には反映されていません。 月々の給与から引かれる所得税は、令和8年11月までは従来の税額表で計算されます。
つまり「壁が178万円に上がったと聞いたのに、手取りが増えていない」という状態が年の途中まで続きます。差額は令和8年12月の年末調整でまとめて精算され、多くの場合は還付という形で戻ってきます。
住民税は別の計算
所得税の話ばかりしてきましたが、住民税は別の制度です。基礎控除の額も異なり、所得税が非課税でも住民税(所得割・均等割)は課税されるケースがあります。「税金がかからない年収」を考えるときは、両方を並べて確認する必要があります。
会社員でも確定申告を検討したいケース
会社員は年末調整で計算が完結しますが、年末調整では処理できない控除があります。次のいずれかに当てはまる方は、確定申告をすることで税金が戻る可能性があります。
- 年間の医療費が家族合計で10万円(所得200万円未満の方は所得の5%)を超えた
- ふるさと納税で6自治体以上に寄附した、またはワンストップ特例の申請を忘れた
- 住宅ローン控除の1年目である
- 災害や盗難で資産に損害を受けた(雑損控除)
- 年の途中で退職し、年末調整を受けていない
- 副業の所得が20万円を超えた(この場合は申告義務があります)
還付申告は、その年の翌年1月1日から5年間さかのぼって行うことができます。「去年の医療費を申告し忘れた」というケースでも、まだ間に合う可能性があります。
まとめ
所得税の計算は、次の5ステップを順番にたどるだけです。
- 収入から必要経費(会社員は給与所得控除)を引いて所得を出す
- 複数の所得を合算する
- 所得控除を引いて課税所得金額を出す
- 超過累進の税率をかける
- 税額控除を引き、復興特別所得税2.1%を足す
押さえておきたい要点は3つです。
ひとつめ、税率は年収ではなく課税所得にかかります。 年収600万円の方の実効税率は2.5%程度で、「20%の区分」という言葉の印象とは大きく違います。
ふたつめ、税率の境目を越えても手取りが逆転することはありません。 上がった部分だけに高い税率がかかる仕組みだからです。
みっつめ、2026年分は控除額が大きく動いています。 基礎控除は最大104万円、給与所得控除の最低保障額は最大74万円、所得税がかからない年収は178万円。ただし特例加算分は12月の年末調整で精算されるため、年の途中では手取りに表れません。
仕組みが分かると、節税の考え方も変わります。所得控除を増やす(iDeCo、生命保険料控除、医療費控除)のか、税額控除を使う(住宅ローン控除)のか。どちらが効くかは、その方の税率区分によって違います。 数字の意味が分かれば、打ち手を選べるようになります。

