こんにちは、「マネー相談室」へようこそ。
事業が順調に伸びてくると、多くの個人事業主が「法人成り(法人化)」を検討し始めます。その際、よく言われるのが「利益1,000万円が目安」という言葉です。
実は、日本の税制だけを単純に見れば、一つの大きな区切りは「900万円」にあります。しかし、実務の世界では「1,000万円」と言われることが多い。
なぜ、理論上の900万円ではなく、あえて1,000万円が推奨されるのか?
今回は、その背景にある「所得税の跳ね上がり」と「社会保険料の重圧」を、具体的な計算シミュレーションとともに徹底解説します。
理論上の壁「900万円」と、現実のライン「1,000万円」
まず、多くの税務解説で「900万円」がキーワードになる理由を整理しましょう。それは、個人の所得税率が劇的に変わるポイントだからです。
所得税「900万円の壁」
個人の所得税は累進課税ですが、課税所得(利益から控除を引いた額)が900万円を超えた瞬間、税率が23%から33%へと一気に10%もアップします。住民税10%を加えると、税負担率は43%。稼いだお金の4割以上が税金で消える、非常に「痛み」を感じるラインです。
なぜ「1,000万円」と言い換えられるのか?
「900万円で税率が上がるなら、そこが法人成りのタイミングでは?」と思うかもしれません。
しかし、法人化すると、それまで国民健康保険・国民年金だった負担が、強制的に「社会保険(健康保険・厚生年金)」へと切り替わります。この社会保険料の負担増が非常に重いため、税金が安くなるメリットを食いつぶしてしまうのです。
「所得税が上がる900万円」に「社会保険料の増加分」を加味し、トータルで手残りが増え始める実質的なライン。それが「利益1,000万円」なのです。
【徹底比較】利益1,000万円時の詳細シミュレーション
それでは、最も重要な計算過程を公開します。
(条件:2026年度税制想定、東京都、独身、青色申告、利益1,000万円)
ケースA:個人事業主のまま(利益1,000万円)
個人事業主は、利益から所得控除を引いた金額に直接課税されます。
① 課税所得の算出
- 事業利益:1,000万円
- 青色申告特別控除:▲65万円
- 所得控除(基礎控除48万+社会保険料控除等):▲約150万円
- 課税所得:785万円
② 税金の計算プロセス - 所得税: 785万円 × 23% - 63.6万円(控除額) = 116.9万円
- 住民税: 785万円 × 10% = 78.5万円
- 個人事業税:(1,000万 - 290万)× 5% = 35.5万円
- 税金合計:230.9万円
③ 社会保険料の計算プロセス - 国民健康保険料: 年額上限 約92万円
- 国民年金: 年額 約20万円
- 社保合計:112万円
★【負担総額】:342.9万円
★【実質手残り】:657.1万円
ケースB:法人化した場合(利益1,000万円)
利益1,000万円のうち、800万円を「役員報酬」とし、残り200万円を「法人の利益(内部留保)」とした場合です。
① 個人の税金(役員報酬800万円に対して)
法人は「給与所得控除」という、会社員特有の経費枠を使えるのが最大の強みです。
- 給与所得控除: 800万円 × 10% + 110万円 = 190万円
- 課税所得: 800万 - 190万 - 120万(社保控除) - 48万(基礎控除) = 442万円
- 所得税: 442万円 × 20% - 42.75万円 = 45.6万円
- 住民税: 442万円 × 10% = 44.2万円
- 個人税合計:89.8万円
② 法人の税金(利益200万円に対して) - 法人税等(実効税率23%で計算): 200万円 × 23% = 46万円
- 法人住民税(均等割): 7万円(赤字でもかかる固定費)
- 法人税合計:53万円
③ 社会保険料(健康保険・厚生年金)
これが法人化最大のコストです。役員報酬に対して約30%(本人+会社負担分)がかかります。 - 社会保険料: 800万円 × 約30% = 240万円
★【負担総額】:382.8万円
(個人税89.8万 + 法人税53万 + 社保240万)
★【実質手残り】:617.2万円
シミュレーションが示す「1,000万円の壁」の真実
計算結果を見て驚かれたかもしれません。利益1,000万円の時点でも、単純計算では法人化したほうが「約40万円」も手残りが減っています。
「なんだ、1,000万円でも損じゃないか」と思うのはまだ早いです。なぜこのラインが「分岐点」と呼ばれるのか。そこには数字に現れにくい3つの理由があります。
① 「900万円の壁」を突破した後の爆発力
個人の所得税は、課税所得が900万円を超えた瞬間、税率が10%も跳ね上がります。利益が1,200万、1,500万と増えていくと、個人の税金は「倍々ゲーム」で増えていきますが、法人は安定した税率を保ちます。1,000万円は、まさにその「逆転劇が始まる直前のスタートライン」なのです。
② 社会保険料は「上限」で止まる
個人事業主の所得税には上限がありませんが、社会保険料には上限があります。利益が1,500万円になっても、社会保険料はそれ以上増えません。一方、税金は法人のほうが安いため、利益が大きくなればなるほど、社会保険料の負担感は相対的に薄まり、法人の方が圧倒的に得をする構造になります。
③ 法人ならではの「経費スキーム」
上記のシミュレーションには入れていませんが、法人には「最強の節税武器」が隠されています。
- 役員社宅: 自宅を法人契約にし、家賃の半分以上を経費にする。
- 出張日当: 規定を作り、自分に日当を払う(法人側は経費、自分は非課税)。
- 所得分散: 配偶者を役員にして、さらに低い税率の枠を活用する。
これらのスキームを一つでも使えば、利益1,000万円の時点で簡単に40万円の差をひっくり返し、個人事業主を「手残り」で追い抜くことが可能です。
結論:あなたが法人化すべきタイミング
「所得税の900万円の壁」という理論を知っているだけでは、法人化のタイミングを誤ります。そこに「社会保険料」という実務的な重みを加え、さらに「法人ならではの経費」という反撃の一手を含めて考える。その総合判断の結果が、「利益1,000万円」というラインなのです。
今のあなたがチェックすべきポイント:
- 利益が安定して1,000万円を超え、さらに成長する勢いがあるか?
- 社会保険料を「掛け捨て」ではなく「将来の年金を増やす投資」と捉えられるか?
- 社宅や日当、家族への給与分散など、法人特有の武器を使う準備はできているか?
もし、あなたがこのラインに立っているなら、それはビジネスが次のステージに進む準備が整った合図かもしれません。
「マネー相談室」では、あなたの決算書をベースに、社会保険料まで含めた「真の損益分岐点」をシミュレーションしています。数字の裏付けを持って、自信を持って次の一歩を踏み出してみませんか?
いかがでしょうか。