配偶者居住権は、配偶者が相続後も自宅に住み続けられるようにするための大切な権利です。
所有権とは異なる性質を持ち、評価額の考え方にも特徴があります。
特に、土地と建物では評価方法が異なり、計算も段階を踏んで行う必要があります。
この記事では、配偶者居住権の評価と設定の基本を、できるだけ原文に近い形でわかりやすく整理しました。
実務上の注意点や書き方例も含めて、しっかり理解しておきましょう。
配偶者居住権とは?
配偶者居住権は、「住む権利」であり、相続税の対象になる権利です。
これは建物(とその敷地)に住むことができる権利で、所有権とは異なるものです。
また、譲渡することもできません。つまり、お金に換えることができる財産や権利(所有権など)とは、少し性質が異なります。
相続税法上では、配偶者居住権も他の財産と同様に相続税の課税対象になります。
ただし、配偶者短期居住権は課税対象になりません。
この違いは大きなポイントですので注意が必要です。
住む期間と評価額の関係
配偶者居住権は原則として、一生涯住み続けられる権利です。
人によって寿命はさまざまなうえ、配偶者居住権を設定した時点の年齢もばらばらです。
配偶者居住権(建物)は、評価額を計算する際、住む期間が長いほど評価額が高くなる仕組みです。
土地の方の配偶者居住権の評価も考え方は同じです。
一方、所有権は、配偶者居住権が設定された分、価値が減ると考えられます。
所有していても、住んでいる人がいるため所有者の使用や、売ったり貸したりすることが制限されるからです。
配偶者居住権が長く続くと予想されるほど、所有権の価値が減ります。
反対に所有権の価値が減れば減るほど、配偶者居住権の価値が増す、ということになります。
建物と土地の評価の考え方
相続財産の評価のように、建物と土地ではその評価方法が異なります。
これは、配偶者居住権(敷地の権利は「敷地利用権」という)も同じです。
配偶者居住権の場合、建物の評価のほうが複雑です。
そのため、まず建物の評価を計算してから、土地の評価を計算するとスムーズに進めることができます。
なお、相続税法上の評価と、実際の不動産としての価値を評価する方法とは別のものです。
相続税法上の評価は、一律の基準を用いて行われます。
たとえば、建物の残存年数(耐用年数から考えて、この先何年住めそうかという基準)は、建物の構造によって一律に決められています。
そのため、遺産分割協議のときには、不動産の鑑定等を行って、不動産としての実際の価値を算出することも考えられます。
配偶者居住権の評価のしかた
配偶者居住権は、次の3つのステップで評価額を計算します。建物と土地で考え方は同じです。
まずは配偶者居住権を設定しない場合の不動産の評価額をまず算出します。
土地は路線価、建物は固定資産税評価額を用いて計算します。
建物の所有権は、残存耐用年数と存続年数、そして法定利率による複利現価率を用いて評価します。
建物の所有権
=建物の相続税評価額×(①残存耐用年数-②配偶者居住権の存続年数)/①残存耐用年数
×③存続年数に応じた法定利率による複利原価率
①残存耐用年数とは、「この先何年住めるか」という年数です。法定耐用年数(1.5倍したもの)から築年数を引くと残存耐用年数となります。
表1 ①法定耐用年数(1.5倍したもの)はこちら
建物の構造 | 法定耐用年数(1.5倍済) |
---|---|
木造 | 33年 |
木造モルタル | 30年 |
(鉄骨)鉄筋コンクリート | 70年 |
レンガ造・ブロック造 | 57年 |
骨格材3mm以下の金属造 | 28年 |
骨格材3mm超の金属造 | 40年 |
骨格材4mm以下の金属造 | 51年 |
②配偶者居住権の存続年数は、「配偶者居住権を何年間に設定するか」という年数のことです。
年数を設定しなければ、原則として一生涯存続します。その場合、厚生労働省が発表する「簡易生命表」をもとに、平均余命年数から存続年数を算出します。
表2 簡易早見表はこちら
年数 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
55歳 | 28年 | 33年 |
56歳 | 27年 | 32年 |
57歳 | 26年 | 31年 |
58歳 | 25年 | 30年 |
59歳 | 24年 | 29年 |
60歳 | 23年 | 28年 |
61歳 | 23年 | 28年 |
62歳 | 21年 | 27年 |
63歳 | 21年 | 26年 |
64歳 | 19年 | 25年 |
65歳 | 19年 | 24年 |
66歳 | 18年 | 23年 |
67歳 | 17年 | 22年 |
68歳 | 17年 | 21年 |
69歳 | 16年 | 20年 |
70歳 | 15年 | 19年 |
たとえば、55歳の男性が年数を設定せずに配偶者居住権を得た場合、存続年数は28年として評価額を計算します。
③存続年数に応じた法定利率による複利現価率は複雑なので、「一覧表の数字を当てはめる」と覚えておきましょう。
表3 存続年数に応じた法定利率による複利現価率はこちら
年数 | 年3%の複利原価 | 年数 | 年3%の複利原価 |
---|---|---|---|
1年 | 0.971 | 21年 | |
2年 | 0.943 | 22年 | |
3年 | 0.915 | 23年 | |
4年 | 0.888 | 24年 | |
5年 | 0.863 | 25年 | |
6年 | 0.837 | ||
7年 | 0.813 | ||
8年 | 0.789 | ||
9年 | 0.766 | ||
10年 | 0.744 | ||
11年 | 0.722 | ||
12年 | 0.701 | ||
13年 | 0.681 | ||
14年 | 0.661 | ||
15年 | 0.642 | ||
16年 | 0.623 | ||
17年 | 0.605 | ||
18年 | 0.587 | ||
19年 | 0.570 | ||
20年 | 0.554 |
①の不動産の評価額から②の所有権の評価額を差し引くことで、配偶者居住権の評価額が求められます。
土地の評価額の計算は建物に比べるとシンプルです。先に建物の評価額を計算しておけば、配偶者居住権の存続年数に応じた法定利率による複利現価率はすでにわかっているので、簡単に計算できます。
なお、ここで求められる建物・土地の評価額は所有権の評価額であり、配偶者居住権そのものの評価額ではありませんので注意が必要です。
配偶者居住権の設定方法
配偶者居住権は、遺言または遺産分割協議によって取得することができます。
通常は、遺言によって相続人に特定の財産を取得させる場合、「相続させる」と書きます。
しかし、配偶者居住権については異なります。書き方としては、「遺贈する」や「取得させる」となります。
また、第三者と共有の建物には、配偶者居住権を設定することができません。
これは、遺言に書いてあっても同じです。昔は、親と共有で家を建てることがめずらしくありませんでした。
事前に登記簿謄本等で所有者をしっかり確認しておきましょう。
配偶者との共有(夫婦での共有)は「第三者との共有」には当たらないので問題ありません。
2020年4月1日以降に書いたものでなければ効力なし
さらに、遺言書の日付にも注意が必要です。
ニュース記事などで配偶者居住権のことを知って、さっそく書いてみたという方もいるのではないでしょうか。
しかし、法の施行が2020年4月1日なので、2020年3月31日までに書かれた遺言書では配偶者居住権を設定することができません。その部分は無効になります。
また、被相続人の死亡の時期も同様に、2020年4月1日以降でなければ配偶者居住権は発生しません。
遺産分割協議書はどう書くべき?
遺産分割協議書には決まった様式はありません。
だれがどんな財産を取得するのか、それをはっきり記していれば書き方は自由です。
配偶者居住権は建物(とその敷地)に対する権利なので、それらの不動産を特定できるように書きましょう。
配偶者居住権は登記しないと第三者に権利を主張できません(権利がなくなってしまうことがあります)。
登記のためにも、不動産の表記は登記簿謄本等を参考に、正確に書くことをおすすめします。
配偶者居住権を設定する書き方例
遺言書
第●条
遺言者は、遺言者の有する下記不動産を遺言者の長男●〇〇〇(平成〇年〇月〇日生)に相続させ、当該不動産について妻〇〇〇〇(昭和〇年〇月〇日生)の死亡時までを存続期間とする配偶者居住権を妻に遺贈する。
遺贈する:「相続させる」ではなく、「遺贈する」か「取得させる」と書きます。
遺産分割協議書
次の不動産につき、Aがその所有権を取得し、BはBの死亡時までを存続期間とする配偶者居住権を取得する。
このように、だれが所有権、だれが配偶者居住権を取得するかを明記することが重要です。
だれが所有権、配偶者居住権を取得するかを明記します
まとめ
配偶者居住権は、配偶者が安心して自宅に住み続けられるようにするための重要な権利です。
・配偶者居住権は所有権とは異なる性質を持ち、相続税の課税対象になる
・評価は「住む期間」が長いほど高くなり、所有権の価値と逆の関係にある
・建物と土地では評価の方法が異なる
・評価は「①評価額を出す→②所有権の評価→③差額で算出」という手順で行う
・遺言や遺産分割協議によって設定でき、記載方法や登記にも注意が必要
これらの基本的な考え方と手順を理解しておけば、相続の際に配偶者の住まいを守りながら、適切に財産評価を行うことができます。