認知症による「資産凍結」を防ぐには? いま注目される「家族信託」のメリット・デメリットを解説

相談者

親が認知症になったら口座が凍結されると聞きました。
親の生活費や医療費はどうやって支払えばいいのでしょうか。

超高齢社会の日本において認知症などによる「資産凍結」は、誰の身にも起こりうる深刻な問題です。

判断能力が低下すると、たとえ家族であっても本人の預金引き出しや不動産売却ができなくなるのです。

この強力なリスク対策として、急速に注目を集めているのが「家族信託」という制度です。

家族信託は、従来の「遺言」や「成年後見制度」では難しかった本人の意思に基づいた柔軟な財産管理を実現します。

しかし、メリットばかりではなく知っておくべき注意点やデメリットも存在します。

この記事では、家族信託の基本的な仕組みから具体的な活用事例、契約前に必ず確認すべき注意点まで、網羅的に解説します。

室長

元気なうちにしかできない対策だからこそ、ぜひ最後までご一読ください

この記事を書いた人

わがままボーヤ
マネー相談室長

本サイトを運営している現役FP

保険代理店で10年以上活動し2,000世帯以上とFP相談を行うも手数料ビジネスに嫌気がさし、FIREの実現を機に独立

商品を販売しない自由なFPとして、自分が本当に伝えたいことを「わがまま」に遠慮なく有益な情報をお届け!

目次

そもそも「家族信託」とは?

「家族信託」という言葉を耳にする機会が増えましたが、具体的にどのような制度なのか、なぜ今注目されているのでしょうか。

まずはその基本的な仕組みと背景について解説します。

基本的な仕組み

家族信託とは、ひと言でいえば「信頼できる家族に、自分の財産の管理・処分を託す仕組み」です。

法律上は「民事信託」と呼ばれ、以下の3つの役割の人が登場します。

家族信託の登場人物

委託者(いたくしゃ)
財産を託す人(例:親)

受託者(じゅたくしゃ)
財産を託され、管理・処分する人(例:子)

受益者(じゅえきしゃ)
信託財産から利益を受け取る人(例:親)

具体的には、親(委託者)が「自分の老後の生活費や介護費のために、この不動産と預金3,000万円を管理してほしい」という目的(信託目的)を定め、子(受託者)と信託契約を結びます。

契約に基づき、財産の名義は形式的に親から子に移転されます。

財産の名義が変わる?
金銭の場合:「信託口口座」という専用口座で委託者と受託者の連名となる
不動産の場合:所有権移転登記により受託者の名前が登記される

しかし、それは子の自由な財産になるわけではなく、あくまで「信託財産」として定められた目的のためにだけ管理・処分が許されます。

そして、その財産から生じる利益(賃料収入や売却代金から支払われる生活費など)は受益者である親が受け取ります。

なぜ家族信託が話題なのか

家族信託が急速に普及している最大の理由は、超高齢社会の進展とそれに伴う認知症患者の増加です。

認知症などで判断能力が低下すると、たとえ本人(親)のためであっても家族(子)が親名義の銀行口座から預金を引き出したり、実家を売却したりすることができなくなります。

これが「資産凍結」と呼ばれる状態です。

この資産凍結リスクへの対策として、従来の「遺言」や「成年後見制度」では対応しきれなかった「本人が元気なうちに、将来の柔軟な財産管理を家族に託しておく」というニーズに応えられる唯一の制度として、家族信託が選ばれています。

「成年後見制度」との決定的な違い

判断能力が低下した後の財産管理制度として「成年後見制度」がありますが、家族信託とは根本的な思想と目的が異なります。

比較項目家族信託成年後見制度
(法定後見)
開始時期本人の判断能力があるうちに契約本人の判断能力が低下した後に申立て
目的財産の積極的な管理・処分・承継
本人の意思実現
財産の保護・現状維持
本人の財産保護
管理者信頼できる家族を選べる家庭裁判所が選任する(第三者専門家など)
柔軟性契約内容を柔軟に設計できる法律と裁判所の監督下で制約が多い

成年後見制度は、本人の財産を「守る」ことを最優先とするため、裁判所の監督下で厳格に運用されます。

そのため、「介護費用捻出のために不動産を売却したい」といった積極的な財産処分や、生前贈与・相続税対策などは原則として認められません。

家族信託なら、本人の意思に基づき元気なうちに「将来の管理・処分方法」をあらかじめ決めておけるため、非常に柔軟な対策が可能です。

なぜ選ばれる?家族信託のメリット

家族信託には、従来の制度にはない強力なメリットがあります。

特に重要な4つのポイントを見ていきましょう。

①認知症による「資産凍結」を完全に防げる

これが家族信託の最大のメリットです。

前述の通り、認知症などで本人の判断能力が失われると銀行口座は凍結され、不動産売買などの法律行為は一切できなくなります。

家族信託を契約しておけば、財産の管理・処分権限はすでに受託者(子など)に移っているため、委託者(親)が認知症になっても、信託契約で定めた目的の範囲内であれば受託者の判断預金の引き出しや不動産の売却が可能です。

②柔軟な財産管理・処分が可能

信託契約はオーダーメイドです。

「誰のために」「何を」「どうする」かを、本人の希望に応じて自由に設計できます。

「私が認知症になったら、この実家を売却し、その代金を介護施設の入居費用と月々の生活費に充ててほしい」

「私が亡くなった後、収益アパートの管理を長男に任せ、そこから得られる賃料収入は妻の生活費として渡してほしい」

「障がいのある長女のために、私が亡き後も生活費が定期的に渡るようにしてほしい」

成年後見制度では難しいとされる積極的な資産の組み換え(例:収益性の低い不動産の売却)なども、信託目的に沿っていれば可能です。

③二次相続以降の承継先を指定できる

通常の遺言では、自分が亡くなった時(一次相続)の財産の渡し先しか指定できません。

「私が死んだら妻に、妻が死んだら長男に」という指定はできないのです。

しかし、家族信託(受益者連続型信託)を使えばこれが可能になります。

例えば、

「私が死んだら、受益権(利益を受け取る権利)は妻に移す。その後に妻が死んだら、その受益権は長男に移す」

という契約を結んでおくことができます。

これにより、先祖代々の土地を特定の家系に承継させたい場合や、前妻の子と後妻の間の財産承継を円滑にしたい場合などに活用できます。

④倒産などからの財産隔離

信託された財産は、委託者(親)や受託者(子)が持つ個人の財産とは法的に切り離されます

これを「倒産隔離機能」と呼びます。

万が一、委託者(親)や受託者(子)が事業に失敗して多額の借金を負い破産することになっても、信託財産は差し押さえの対象になりません。

これにより、親の老後の生活資金や他の家族に残したい財産を不測の事態から安全に守ることができます

契約前に必ず確認!デメリットと注意点

非常に強力な家族信託ですが、万能ではありません。

契約前に必ず理解しておくべきデメリットや注意点が存在します。

①身上監護はできない

家族信託はあくまで「財産管理」の仕組みです。

本人の介護施設への入居契約、病院への入院手続き、医療行為への同意といった、本人の身体や生活に関する手続きを行う権限は受託者にはありません

もし財産管理と身上監護の両方に備えたい場合は、家族信託と併せて「任意後見契約」を結んでおく必要があります。

②受託者(家族)の負担が大きい

財産を託される受託者(子など)には、法律(信託法)に基づき、重い責任と義務が課せられます。

分別管理義務
信託財産を、自分の固有財産とは明確に分けて管理する義務

帳簿作成・報告義務
信託財産の収支や管理状況を帳簿に記録し、受益者(親)や他の家族に報告する義務

善管注意義務
善良な管理者として、注意深く財産を管理する義務

これらの義務を怠ると、他の家族(兄弟姉妹など)から責任を追及され家族間のトラブルに発展する可能性があります。

受託者を引き受ける家族の理解と覚悟が必要です。

③初期費用がかかる

家族信託は、当事者だけで契約書を作成することも理論上は可能ですが、法律的に非常に複雑な制度です。

信託契約書に不備があれば、制度そのものが無効になったり、将来大きなトラブルになったりする危険があります。

そのため、司法書士や弁護士などの専門家に依頼するのが一般的です。

・専門家へのコンサルティング費用
・契約書作成費用
・信託契約書を公正証書にするための公証役場手数料
・不動産を信託する場合の登記費用
(登録免許税、司法書士報酬)

これらの初期費用として、信託する財産の額にもよりますが数十万円から百万円以上かかるケースが一般的です。

④相続税の節税効果はない

「信託」と聞くと節税対策をイメージするかもしれませんが、家族信託に直接的な相続税の節税効果は期待できません

信託財産は、相続発生時において「実質的に利益を受けていた人(受益者=親)」の財産として扱われるため、通常通り相続税の課税対象となります。

家族信託はあくまで「資産凍結対策」や「円満な資産承継」を目的とするものであり、「相続税対策」とは切り離して考える必要があります。

【ケース別】家族信託の活用事例

家族信託が実際にどのように役立つのか、典型的な2つの事例をご紹介します。

(事例1)
実家を売却し、介護施設の入居費を捻出する

  • 家族構成
    父(80歳・一人暮らし)
    長男(50歳・遠方に居住)
  • 財産
    実家の土地・建物(父名義)、預金
  • お悩み
    父に認知症の兆候が見られ始めた。
    将来、父が介護施設に入居する際に実家を売却して費用に充てたいが、認知症が進行すると売却できなくなると聞いて不安。

【解決策】

父が元気なうちに、父(委託者兼受益者)と長男(受託者)で家族信託契約を締結。実家と当面の生活費以外の預金を信託財産とします。

【結果】

数年後、父の認知症が進行し、介護施設への入居が決まりました。受託者である長男は、信託契約に基づき、父の判断能力に関わらず実家を売却。
売却代金を信託口口座で受領し、そこからスムーズに入居一時金や月々の利用料を支払い続けることができました。

(事例2)
口座凍結を防ぎ、医療費や生活費を管理する

  • 家族構成
    母(85歳)、長女(55歳・同居)
  • 財産
    母名義の預金口座にまとまった老後資金
  • お悩み
    母の判断能力はまだしっかりしているが、最近体調を崩しがち。もし認知症になったり、急に倒れたりして口座が凍結されると、母の生活費や高額な医療費が引き出せなくなるのが心配。

【解決策】

母(委託者兼受益者)と長女(受託者)で家族信託契約を締結。老後の生活費・医療費・介護費として3,000万円を信託財産とします。長女は信託専用の「信託口口座」を開設し、そこに信託金(3,000万円)を移します。

【結果】

その後、母が脳梗塞で倒れ、意思表示が難しくなりました。しかし、信託口口座は母個人の口座ではないため凍結されません。受託者である長女は、引き続きその口座から必要な医療費や生活費を引き出し、母のために使い続けることができました。

まとめ:元気なうちにしかできない最強の「資産凍結」対策

家族信託は、認知症などによる判断能力の低下に備え将来の「資産凍結」を防ぐための非常に強力な解決策です。

従来の成年後見制度や遺言では実現できなかった、本人の意思に基づいた柔軟な財産管理円滑な資産承継(二次相続指定など)を可能にします。

一方で、身上監護ができないこと、受託者となる家族の負担、初期費用がかかるといったデメリットも存在します。

しかし、最も重要なことは、家族信託は「本人の判断能力があるうち(=元気なうち)」にしか契約できない、ということです。認知症が進行し、契約内容を理解できなくなってからでは手遅れです。

ご自身の、そしてご家族の将来のために、早いうちから選択肢の一つとして検討を始め、必要であれば専門家へ相談することをおすすめします。

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この記事を書いた人

本サイトを運営している現役FP

■経歴■
保険代理店で10年以上活動し2,000世帯以上とFP相談を行うも手数料ビジネスに嫌気がさし、FIREの実現を機に独立。

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■保有資格■
-FP1級技能士
-CFP®
-証券外務員一種
-宅地建物取引士
-中小企業診断士
-貸金業務取扱主任者

詳しいプロフィールはこちらのリンクをご覧ください。

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