「法人化すると税金が安くなるって本当ですか?」
「利益が1,000万円出たら、税金はいくら用意しておけばいい?」
クライアントである経営者やフリーランスの方から、このような質問を投げかけられて、ドキッとした経験はありませんか?
もちろん、詳細な税額計算は税理士の独占業務です。しかし、FPとしてライフプランや事業計画をサポートする以上、「それは税理士さんに聞いてください」と完全にシャットアウトしてしまうのは少し寂しいですよね。
FPに求められているのは、1円単位の正確な計算ではなく、「意思決定のための概算」を提示することです。
この記事では、複雑に見える法人税の仕組みを整理し、FPとしてクライアントの不安を解消できるレベルの「計算のロジック」と「シミュレーション」をお伝えします。
制度の全体像を掴んで、自信を持ってアドバイスできるようになりましょう。
まずは基礎から!「法人税」を構成する税金の仕組み
私たちが普段「法人税」と呼んでいるものは、実は単一の税金ではありません。給与明細で見る「社会保険料」が健康保険や厚生年金に分かれているのと同じで、法人税も大きく分けて3つのグループ(種類の税金)の合計額を指します。
実務上、この内訳を正しく知っておくと説明に深みが出ます。
1. 国税である「法人税」と「地方法人税」
これが狭義の「法人税」を含む、国に納める税金グループです。
- 法人税
-
会社の利益(所得)に対してかかるメインの税金です。中小企業(資本金1億円以下)には軽減税率が適用されるのが特徴です。
- 地方法人税
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名前に「地方」とつきますが、実は国税です。「法人税額の10.3%」を上乗せして国に納めます。
地域間の税収格差を是正するため、国がいったん集めて地方に配る仕組みです。
FPとしては「国に納める税金は2階建て(法人税+地方法人税)になっている」とイメージしておけばOKです。
2. 地方税である「法人住民税」
会社がある都道府県や市町村に支払う地方税です。これには重要な2つの要素があります。
- 法人税割
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法人税額に応じて課税される部分。
- 均等割
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赤字でも必ず支払う「場所代」のような部分(最低でも年間約7万円)。
3. 事業を行う対価「法人事業税」
道路や警察、消防などの公共サービスを利用して事業を行っている対価として、都道府県に納める税金です。 この税金の最大の特徴は、「支払った翌事業年度の損金(経費)にできる」という点です。これはキャッシュフローを考える上で重要なポイントになります。
計算の核心!「課税所得」と「実効税率」の考え方
具体的な計算に入る前に、FPとして絶対に押さえておきたい「2つの物差し」について解説します。
会計上の「利益」と税務上の「所得」は違う
決算書上の「当期純利益」に、そのまま税率を掛けるわけではありません。 会計上の利益に対し、税法独自の調整を行います。
- 損金算入
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会計上は収益ではないが、税務上は収益とするもの。
- 損金不算入
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会計上は経費だが、税務上は経費と認めないもの(例:高額すぎる役員報酬、交際費の一部など)。
この調整を行った後の「課税所得」に対して税金がかかることを、まずはクライアントに伝えてあげてください。
会社が作成する決算書の当期利益には、損金不算入の部分が含まれている可能性があり、もしそれがあればその分を足した金額に対して課税される仕組みです。
計算をシンプルにする魔法の数字「実効税率」
先ほど紹介した「法人税」「地方法人税」「住民税」「事業税」を個別に計算するのは非常に複雑です。そこで、実務上の概算(資金計画)においては「実効税率」という指標を使います。
実効税率とは、表面上の税率ではなく、地方法人税の上乗せ分や、法人事業税の損金算入効果などを加味した「実質的な税負担率」のことです。
ざっくりとした目安として、以下の数字を頭に入れておくと便利です。
| 所得区分 | 実効税率(目安) |
|---|---|
| 年800万円以下 | 約23%~25% |
| 年800万円超 | 約33%~34% |
「利益800万円」が税率の大きな分かれ目になると覚えておきましょう。
【シミュレーション】利益500万円・1,000万円で税額はどう変わる?
それでは、実際に数字を使ってシミュレーションしてみましょう。 ここでは、東京都内の中小法人(資本金1,000万円未満)を例に、FPがクライアントに提示しやすい概算モデルを作成しました。
※実際の税率は自治体や年度により異なりますので、あくまで目安としてご活用ください。
ケース1:
利益500万円(中小法人)の場合
利益が800万円以下に収まっているため、軽減税率の恩恵をフルに受けられます。
【計算イメージ】
500万円 × 実効税率(約23%) + 均等割(7万円) ≒ 約122万円
ケース2:
利益1,000万円(年800万円以上)場合
800万円を超えた部分(200万円)に対して、高い税率がかかってきます。
【計算イメージ】
① 800万円 × 実効税率(約23%) = 184万円
② 200万円 × 実効税率(約34%) = 68万円
③ 均等割(7万円)
合計:約259万円
一覧表で見る税負担の推移
利益ごとの手残り額を比較表にしました。クライアントへの説明時にお使いください。
| 課税所得 (利益) | 法人税等 (概算) | 税引後利益 | 実質負担率 |
|---|---|---|---|
| 300万円 | 約76万円 | 224万円 | 約25.3% |
| 500万円 | 約122万円 | 378万円 | 約24.4% |
| 800万円 | 約191万円 | 609万円 | 約23.8% |
| 1,000万円 | 約259万円 | 741万円 | 約25.9% |
※均等割7万円を含んで計算しています。端数は概算処理しています。
FP視点で解説する法人税のメリット・デメリット
税金の計算ができるようになったところで、FPとして「法人化すべきか?」という相談にどう答えるべきか、本音のメリット・デメリットを整理します。
メリット:経費範囲の拡大と繰越欠損金の活用
最大のメリットは、税率そのものよりも「所得のコントロールがしやすい点」にあります。
- 役員報酬
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給与所得控除が使えるため、個人・法人トータルでの節税効果が高い。
- 生命保険の活用
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条件付きですが、保険料の一部を損金に算入し、将来の退職金原資を作ることができる。
- 繰越欠損金
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赤字を最大10年間繰り越せるため、黒字が出た年度の税金を相殺できる(個人事業主は3年)。
デメリット:赤字でも発生する「均等割」と社会保険料
一方で、注意喚起すべきコストもあります。
- 均等割
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先述の通り、赤字でも毎年約7万円の納税義務が発生します。
- 社会保険料
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法人は社会保険への加入が強制です。社長一人の会社でも、会社負担分と個人負担分を合わせて、給与の約30%近い社会保険料がかかります。これが法人化の隠れた「最大の税負担」と言えるかもしれません。
マネー相談室からのアドバイス:節税と内部留保のバランス
最後に、私たちFPがクライアントに伝えるべき最も重要なメッセージをお伝えします。 それは、「税金をゼロにすることを目標にしないでください」ということです。
過度な節税が会社の体力を奪うリスク
「税金を払いたくないから」と、不要な高級車を買ったり、無駄な経費を使ったりして利益を消す経営者がいます。 しかし、法人税を払わないということは、会社にお金(内部留保)が残らないことを意味します。いざという時に会社を守るのは、過去に納税して積み上げた「利益剰余金(キャッシュ)」です。
「適切に納税して、堂々と会社にお金を残しましょう」と背中を押すのが、プロのFPの役目です。
「iDeCo+小規模企業共済」と「役員報酬」の最適解を探る
その上で、健全な節税策を提案しましょう。
- 小規模企業共済
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経営者の退職金制度。掛金が全額所得控除になります。
- iDeCo(個人型確定拠出年金)
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老後資金作りにおける最強の非課税制度。
- 役員報酬の設定
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法人の利益を個人の給与に移転させることで、法人税と所得税・住民税のバランスを最適化する。
これらを組み合わせ、公的制度と自助努力のバランスを取ったプランニングこそが、FPの腕の見せ所です。
まとめ
今回は、FP向けに法人税の計算ロジックと実務上のポイントを解説しました。
「800万円までは約23〜25%、それを超えると約34%」 「赤字でも7万円はかかる」
この感覚を持っているだけで、クライアントとの会話の質は劇的に変わります。概算が出せれば、そこから「いくら役員報酬を出すか?」「いくら投資に回すか?」という未来の話ができるようになります。
詳細な申告実務は税理士の先生にお任せしつつ、私たちは「経営者の未来を一緒に描くパートナー」として、数字に基づいた温かいアドバイスを届けていきましょう。