会社を退職すると、これまで会社が手続きしてくれていた健康保険にも、自分で向き合う必要が出てきます。「気づいたら無保険だった」という事態は絶対に避けたいところですが、実は選択肢が複数あり、選び方次第で年間の保険料が大きく変わることをご存知でしょうか。今回は、退職後の医療保険の選び方について、FP(ファイナンシャル・プランナー)の視点から解説します。
退職後の健康保険、3つの選択肢
会社を退職した場合、健康保険については主に次の3つの選択肢があります。
- 任意継続被保険者制度(任継):退職前に加入していた健康保険に、そのまま個人で加入し続ける制度
- 国民健康保険(国保):お住まいの市区町村が運営する公的医療保険
- 家族の被扶養者になる:配偶者やご家族が加入する社会保険の扶養に入る方法
それぞれメリット・デメリットが異なるため、ご自身の状況に合わせて選ぶことが重要です。
任意継続被保険者制度とは
任意継続とは、退職後も最長2年間、それまで加入していた健康保険(協会けんぽや健保組合など)に加入し続けられる制度です。利用するには、退職日の翌日から20日以内に手続きを行う必要があるため、注意しましょう。
最大の特徴は、保険料が退職時の標準報酬月額をもとに計算され、その後は基本的に変動しないという点です。在職中は会社と折半していた保険料を、退職後は全額自己負担することになりますが、上限額が設けられているため、収入が高かった方ほど「思ったより高くない」と感じるケースもあります。
なお、以前は一度加入すると原則2年間は脱退できない制度でしたが、2022年1月の制度改正により、本人の申し出でいつでも任意にやめられるようになりました。この改正によって、「1年目は任継、2年目からは国保」といった柔軟な切り替えがしやすくなっています。
国民健康保険とは
国民健康保険は、自営業者や退職者などが加入する公的医療保険で、運営は市区町村が担っています。保険料は前年の所得をもとに計算されるのが大きな特徴です。
ここで注意したいのが、退職した年の翌年度は、在職中の高い所得が反映されるため、国保の保険料が高額になりやすいという点です。逆に言えば、退職から時間が経ち所得が下がってくると、国保の保険料も下がっていく傾向があります。
また、保険料率や上限額は自治体ごとに異なるため、同じ年収でもお住まいの地域によって保険料が変わる点も押さえておきましょう。
「任継1年→国保」は本当に正解か
退職後の健康保険選びでは、「まず任意継続に加入し、1年ほど経ってから国民健康保険に切り替える」という流れがセオリーとしてよく語られます。これは、次のような理由に基づいています。
- 任継の保険料は退職時の水準でほぼ固定される
- 国保の保険料は前年所得に連動するため、退職直後は高くなりやすい
- 2022年の制度改正で、任継を任意のタイミングでやめやすくなった
特に、退職前の年収が高かった方ほど、任意継続の方が明らかに有利になりやすいという傾向があります。任継の保険料算定に使われる標準報酬月額には上限(協会けんぽ・令和8年度は32万円)が設けられている一方、国保の保険料には所得に応じた上限はあっても任継ほど低い水準では頭打ちにならないためです。年収が高い方ほど、この上限の効果によって任継の負担が相対的に軽くなります。
ただし、「任意継続が何よりも得」と言い切ってしまうのは正確ではありません。次のようなケースでは、任継以外の選択肢の方が有利になることがあります。
- 配偶者やご家族の扶養に入れる場合:保険料負担がゼロになるため、多くの場合これが最も有利です
- 退職翌年以降、所得が大きく下がった場合:国保の保険料は前年所得に連動するため、時間の経過とともに任継より安くなることがあります
つまり「高所得層は任継が有利になりやすい」という傾向は概ね正しいものの、それが常に唯一の正解とは限らず、実際の判断には、次の3つを比較検討することをおすすめします。
比較すべき3つのポイント
① 任意継続の保険料 退職前の給与明細や、加入していた健康保険組合・協会けんぽの窓口で、任継加入時の概算保険料を確認できます。
② お住まいの自治体での国保試算 市区町村の窓口やウェブサイトの試算ツールで、退職後の所得をもとにした国保保険料をシミュレーションしてみましょう。自治体によって差があるため、必ず個別に確認することが大切です。
③ 家族の扶養に入れるかどうか 配偶者やご家族が社会保険に加入していて、年収130万円未満などの扶養要件を満たせる場合、被扶養者になるのが保険料負担ゼロで最も有利な選択肢になります。まずはこの可能性を確認するのがおすすめです。
手続きのタイミングにも注意
もう一つ見落とされがちなのが、手続きの期限です。任意継続は退職日の翌日から20日以内に加入手続きをしないと、そもそも選択肢に入らなくなってしまいます。一方、国民健康保険への加入は、原則として退職日の翌日から14日以内に市区町村窓口で手続きが必要です。
「じっくり比較検討してから決めよう」と思っているうちに期限を過ぎてしまうケースも少なくありません。退職が決まった時点で、早めに情報収集を始めておくことをおすすめします。
モデルケースで試算してみる
実際にどれくらいの差が出るのか、具体的な数字で見てみましょう。ここでは「退職前の年収800万円、東京都練馬区在住、単身」という条件で、任意継続と国民健康保険(1年目)の保険料を試算します。
前提条件
- 年収800万円(給与所得控除後の給与所得:610万円、国保の算定基礎となる旧ただし書き所得:567万円)
- 任意継続:標準報酬月額は上限の32万円(令和8年度・協会けんぽ東京支部)が適用されるケース
- 国民健康保険:練馬区の令和8年度保険料率(基礎〈医療〉分・後期高齢者支援金分・介護分・子ども子育て支援金分の合算方式)で試算
| 項目 | 任意継続(年額) | 国民健康保険(年額) |
|---|---|---|
| 40歳未満(介護保険非該当) | 約38.7万円 | 約66.7万円 |
| 40〜64歳(介護保険第2号該当) | 約44.9万円 | 約82.3万円 |
年収800万円というモデルケースでは、任意継続の方が年間で約28万円〜37万円も安くなる計算になります。これは、任継の保険料算定に使われる標準報酬月額が32万円で頭打ちになる一方、国保は高い所得がそのまま保険料に反映される仕組みだからです。
一方で、これはあくまで「退職1年目・年収800万円・練馬区」という条件下での試算です。年収がそれほど高くない方や、翌年以降に所得が大きく下がる方、あるいはご家族の扶養に入れる方では、結果が大きく変わります。保険料率や上限額は毎年度・自治体ごとに改定されるため、実際の金額は必ず最新の情報でご確認ください。
こんな方は要注意
- 配偶者やご家族の扶養に入れる可能性がある方:任継や国保より先に、扶養要件(年収130万円未満など)を満たせるか確認しましょう。もっとも保険料負担が軽くなるケースが多いです。
- 退職後すぐに転職・独立予定がある方:短期間で就業形態が変わる場合、任継より国保、あるいは新しい勤務先の社会保険への切り替えの方がシンプルなこともあります。
- 扶養家族が多い方:任継は扶養家族の人数によって保険料が変わりませんが、国保は原則として世帯の被保険者数に応じて保険料が加算される仕組みです。扶養人数が多い世帯では、この差が大きく影響することがあります。
まとめ
退職後の健康保険選びは、「任継1年→国保」という一般的な流れを参考にしつつも、実際にはご自身の退職時期・退職前の年収・お住まいの自治体・ご家族の状況によって最適解が変わります。「なんとなく」で選んでしまうと、年間で数万円〜数十万円の差が生まれることも珍しくありません。
退職を控えている方は、在職中のうちから任継の概算保険料と国保の試算額を比較し、ご自身にとって無理のない選択をすることをおすすめします。
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※本記事は一般的な制度概要を解説するものであり、個別の保険料額や最適な選択を保証するものではありません。実際の手続き・保険料については、加入中の健康保険組合や協会けんぽ、お住まいの市区町村窓口に必ずご確認ください。 ※本記事の内容は執筆時点(2026年8月)の制度に基づいています。制度は改正される場合がありますので、最新情報は各公的機関の発表をご確認ください。