相続の場面では、「まさか自分の家でこんなことになるとは」と思うようなトラブルが起きることがあります。
遺言書の内容、生前贈与の扱い、相続人が行方不明、借金の発覚など──その多くは知識や準備があれば防げるものです。
ここでは、よくある相続トラブルを実際のケースをもとに5つ紹介します。
相続する前にお金をもらっていた場合(特別受益)
相続では、生前に被相続人からお金の援助を受けていたかどうかが大切なポイントになります。
高橋さん(仮名・67歳)は弟・妹の3人きょうだいです。父親が亡くなり、遺言書には「自宅は長男に、土地は次男に相続させる」と書かれていました。自宅は約1,000万円、土地は約400万円で、兄弟は納得していましたが、妹が「自分にももらえる権利がある」と主張します。
実は、妹は父親から住宅資金として700万円の援助を受けていました。
この場合、妹が受け取った700万円は「特別受益」に当たります。
特別受益とは、生前に被相続人から特定の相続人へ与えられた特別な利益のこと。公平を保つため、遺産に持ち戻して相続分を計算します。
つまり、妹はすでに相続分を先にもらっているため、遺言書どおりに分けるのが妥当と考えられます。
Keyword:特別受益
特定の相続人が被相続人から受けた生前贈与などの特別な利益のこと。相続分から控除(持戻し)される。
遺言書が2つあった場合(どちらが有効?)
複数の遺言書が見つかり、内容が矛盾しているケースもあります。
後藤さん(仮名・65歳)の通夜の席で、長男の嫁が「お父さんの遺言です」と言って「孫に全財産を相続させる」と書かれた公正証書遺言を提示しました。
一方で妻は「妻にすべての財産を相続させる」という自筆証書遺言を持っていました。
「公正証書のほうが正式」と主張する長男の嫁と、「こっちのほうが新しい」と譲らない妻。葬儀後すぐに争いが始まってしまいました。
このような場合、日付の新しい遺言書が有効です。
遺言書の種類(公正証書・自筆証書)は関係なく、あくまで作成日が基準になります。
後藤さんの場合は、日付が新しい妻の自筆証書遺言が有効と考えられます。
Keyword:遺言書
死後の最終的な意思を示すための文書で、法律上の効力を持つ要件が民法で定められている。
「全財産を長男に」でも取り分がある?(遺留分)
遺言書に「全財産を長男に」と書かれていても、他の相続人にまったく権利がないわけではありません。
寺本さん(仮名・48歳)の母親が亡くなり、長男が「母の遺言書」を持ってきました。
そこには「全財産を長男に相続させる」と書かれていました。
母親は生前、長男を特にかわいがっていたため納得できる内容でしたが、寺本さんとしては不公平に感じました。
この場合、遺留分という権利を主張することができます。
遺留分とは、一定の相続人が最低限もらえる取り分のこと。
「遺留分に相当する金額を支払ってください」と主張でき、内容証明郵便などで通知すれば法的に請求可能です。相手が応じなければ、家庭裁判所へ訴えることもできます。
Keyword:遺留分
一定の相続人が最低限取得できる遺産の割合。主張により金銭で請求できる。
相続人の一人が行方不明で手続きが進まない
相続手続きには、相続人全員の同意と書類が必要です。
細田さん(仮名・50歳)は父を亡くし、4人きょうだいで相続を行うことになりました。
ところが、妹の行方がわかりません。昔、結婚を反対され家を出て以来、音信不通のまま。住所や電話も変わっており、連絡が取れません。
妹を除いて手続きを進めようと銀行へ行くと、「相続人全員の印鑑証明書と所定の書類が必要」と言われ、手続きが止まってしまいました。
相続には全員の同意が不可欠で、行方不明者がいる場合は進められません。
このようなときは、家庭裁判所に申立てをして「不在者財産管理人」を選任してもらうことができます。
不在者財産管理人が裁判所の許可を得れば、遺産分割に参加することも可能です。
Keyword:家庭裁判所
家庭に関する審判や調停を行う裁判所。相続放棄・成年後見などの手続きもここで扱う。
Keyword:不在者財産管理人
行方不明者などの代わりに財産を管理・保存し、裁判所の許可を得て遺産分割にも関与できる代理人。
遺産に借金があった!マイナスの財産も相続対象
相続では、不動産や預貯金などのプラスの財産だけでなく、借金やローンなどのマイナスの財産も引き継ぎます。
近藤さん(仮名・55歳)は、未婚で亡くなった父方の叔父の相続人になりました。
叔父の住んでいたアパートを訪ねると、大家から「家賃を半年滞納しているので支払ってほしい」と言われました。
さらに、他にも借金がある可能性が判明。近藤さんは「借金まで相続するのは納得できない」と感じました。
相続すると、原則としてプラスの財産とともに借金も受け継ぎます。
ただし、相続放棄や限定承認という手続きを取れば、借金を引き継がずに済む場合もあります。
これらの手続きは相続開始から3か月以内に行う必要があるため、早めの判断が大切です。
Keyword:限定承認
プラスの財産の範囲内でマイナスの財産(借金)を引き継ぐこと。
Keyword:相続放棄
相続そのものを放棄し、財産も借金も受け継がない手続き。
まとめ
相続は「お金をもらうだけ」ではなく、法律・感情・人間関係が複雑に絡み合うものです。
今回の5つの事例からわかるように、次のポイントを押さえておくことが大切です。
- 生前贈与を受けている場合は「特別受益」に該当する可能性がある
- 複数の遺言書がある場合は「日付の新しいもの」が有効
- 遺言で排除されても「遺留分」を請求できる
- 行方不明の相続人がいる場合は「不在者財産管理人」を申立てできる
- 借金がある相続では「相続放棄」や「限定承認」で対応可能
相続トラブルは、準備と知識で防ぐことができます。
不安がある場合は、早めに専門家(弁護士・司法書士・FPなど)に相談しましょう。