老後資金の柱となる「退職金」と「確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)」。長年積み立ててきた資産を受け取る際、その「受け取り方」ひとつで、手元に残る金額が数百万円単位で変わる可能性があることをご存知でしょうか。
特に注意が必要なのが、「退職所得控除」の二重適用を制限するルールです。巷でよく耳にする「19年ルール」や「5年ルール(現在の15年ルール)」は、賢く節税するために避けては通れない知識です。
本記事では、2026年現在の最新税制に基づき、これらのルールの仕組みと、最も有利な受取スケジュールについて徹底的に解説します。
1. 退職所得控除の強力な節税メリット
まず前提として、なぜ受取順がこれほど重要なのかを理解するために、日本の「退職所得」に対する優遇措置をおさらいしましょう。
退職金(一時金)にかかる税金は、以下の計算式で算出されます。
(受取金額 - 退職所得控除額)× 1 / 2
ここで注目すべきは、「退職所得控除」という非課税枠の大きさと、「1/2課税」という破格の優遇です。
退職所得控除額の計算式
● 勤続年数(加入期間)20年以下
40万円 × 勤続年数
● 勤続年数(加入期間)20年超
800万円 + 70万円 × (勤続年数 – 20年)
例えば、38年勤めた会社員の場合、
800万円 + 70万円 × 18 = 2,060 万円
退職所得控除額は 2,060万円 にもなります。この枠内であれば、税金は1円もかかりません。
しかし、この「退職所得控除」には大きな落とし穴があります。「複数の退職所得(会社の退職金とiDeCoなど)を受け取る場合、期間が重複していると控除額が削られる」というルールがあるのです。
2. 退職金の後にDCを受け取る場合
「会社の退職金」を先に受け取り、その数年後に「確定拠出年金(iDeCo/企業型DC)」を一時金として受け取る場合に適用されるのが、通称「19年ルール」です。
19年ルールの仕組み
確定拠出年金(DC)を受け取る際、その年より前19年以内に他の退職金を受け取っていた場合、退職所得控除の計算において「重複期間の調整」が行われます。
ほとんどのケースで調整される
退職金を先、iDeCo一時金が後の受取パターンは、退職所得控除の調整対象期間が長いので、iDeCo一時金を受取るときは、退職所得控除の調整が必要になると考えたほうがいいでしょう。
調整方法について
「前年以前19年内」に受取った退職金で、退職所得控除を使い切っているか、使い残しているかで違ってきます。
3. DCを先に、退職金を後に受ける「10年ルール(旧5年ルール)」
逆に、「確定拠出年金(DC)」を先に受け取り、その後に「会社の退職金」を受け取る場合に適用されるのが、かつての「5年ルール」、現在の「10年ルール」です。
改正の背景:5年から10年へ
以前は、DCを先に受け取れば「前年以前4年以内(5年空ける)」に他の退職金を受け取らなければ、重複期間の調整は行われませんでした。しかし、この「DC先出し」による節税手法が広まりすぎたため、2026年現在は「10年ルール」へと厳格化されています。
15年ルールの仕組み
退職金を受け取る年より前14年以内(15年目以降ならOK)にDC等を受け取っていた場合、重複期間の調整が行われます。
影響
19年ルールよりは短いものの、それでも15年の間隔を空けなければ、会社側の退職所得控除が削られることになります。
4. 【徹底比較】具体的な計算シミュレーション
ここでは、具体的な数字を用いて、ルールの影響を可視化してみましょう。
Aさんの経歴
22歳から65歳まで43年0か月勤務(会社の退職金:2,200万円)
iDeCoの経歴
48歳から60歳まで11年3か月加入(iDeCo受取額:300万円)
重複期間
48歳〜60歳の11年3か月
2025年以前までだったら
idecoが先で5年後に退職金を受け取るので、退職所得控除の調整が不要になります。
つまり、退職所得控除として
idecoは480万円(40万円×12年(1年未満切り上げ))、会社の退職金は2,410万円(=800万円+70万円×23年)を差し引くことができるので、税金はかからないことになります。
パターンB:60歳でiDeCo、75歳で退職金を受け取る(15年ルール適用)
受取の間隔を「15年」空けた場合です。
60歳 iDeCo: 20年分の控除(800万円)を使用。
$1,000万円 – 800万円 = 200万円$
$200万円 \times \frac{1}{2} = 100万円$ が課税対象(税金は数万円程度)。
75歳 退職金: 15年空いているため、重複調整なし!
38年分の控除(2,060万円)をフル活用。
$2,500万円 – 2,060万円 = 440万円$
$440万円 \times \frac{1}{2} = 220万円$ が課税対象。
結果: 合計の控除額は 2,860万円(800万 + 2,060万) となり、同時受取よりも大幅に節税できます。
パターンC:60歳で退職金、75歳でiDeCoを受け取る(19年ルール適用)
15年空けても「19年ルール」の壁に阻まれるパターンです。
60歳 退職金: 2,060万円の控除を使用。
75歳 iDeCo: 15年しか空いていない(19年以内)ため、重複期間20年が差し引かれます。
iDeCoの加入期間20年 - 重複期間20年 = 計算上の加入年数0年。
iDeCoの控除額が消滅し、1,000万円の半分、500万円が課税対象に。
結果: 15年空けたとしても、受取順が「退職金 → iDeCo」であるというだけで、パターンBよりも100万円近く税金が高くなる可能性があります。
5. 最も賢い「出口戦略」の立て方
シミュレーションから明らかな通り、現在の税制で最も有利になりやすいのは**「DC(iDeCo)を先に、退職金を後に」**という順序です。
戦略1:iDeCoを最速(60歳)で受け取る
iDeCoは60歳から受取が可能です。一方、会社の退職金は定年時(多くは60歳〜65歳)に支払われます。
もし定年を延長したり、再雇用で退職金の支払時期を遅らせることができるのであれば、iDeCoを60歳で一時金受領し、その15年後(75歳)に会社の退職金を受け取るのが最強の節税シナリオです。
戦略2:iDeCoを「年金形式」で受け取る
「一時金」として受け取るから退職所得控除の調整が問題になるのであって、「年金(分割)」として受け取ればこのルールは関係ありません。
ただし、年金形式の場合は「公的年金等控除」の枠を使うことになり、国民健康保険料や介護保険料の増加につながるデメリットもあります。どちらが有利かは、年金の受取額全体を見て判断する必要があります。
戦略3:一部を一時金、残りを年金にする
多くのDC制度では「併用」が可能です。退職所得控除の枠に収まる分だけを一時金で受け取り、残りを年金で受け取ることで、税負担を最小限に抑える「ハイブリッド戦略」も有効です。
6. 注意点とアドバイス
企業の退職金規定を確認する
会社によっては「退職金の支払時期を選べない」「60歳で必ず支払われる」という規定がある場合もあります。その場合、iDeCoの受取時期を調整するしかありません。
勤務先のDC制度の種類
企業型DCに加入している場合、定年時に必ず精算が必要なケースもあります。ご自身の会社の「しおり」を確認し、受取時期の選択肢がどれだけあるかを把握しておきましょう。
2026年以降の税制改正に注視
税制は常に変化します。今回解説した「15年ルール」も、かつての「5年ルール」が封じられた結果です。受取直前になって慌てないよう、数年単位で最新情報をチェックすることが大切です。
7. まとめ
「19年ルール」と「15年ルール」は、一見複雑ですが、要点はシンプルです。
退職金を先に受け取ると、その後20年間はDCの控除が使えない。
DCを先に受け取ると、その後15年間は退職金の控除が(重複分)使えない。
老後の手取り額を最大化するためには、運用成績だけでなく「出口の税金」まで含めたシミュレーションが不可欠です。ご自身の加入期間や退職予定時期を整理し、自分にとって最適な「受取カレンダー」を作成してみてください。
もし、ご自身のケースで具体的な計算が必要な場合は、ぜひ当相談室の個別カウンセリングをご活用ください。
免責事項: 本記事の内容は2026年1月時点の税制に基づいています。実際の税額計算や申告にあたっては、税理士または最寄りの税務署にご相談ください。